ハローアルソン「ハロアル」は歯ブラシ1本でできるボランティア

フィリピン医療を支える会 ハローアルソン

ブログ - 関口敬人先生からのお便りカテゴリのエントリ

祐介先生こんばんは

5月の大型連休も終わり、私の地元 栃木県那須塩原市では登山や観光で賑わっていた町並もがすっかり落ち着きを取り戻し、あちらこちらの田んぼでは、農家の方々が田植えに勤(いそ)しんでいる姿が見られ、小さな緑の苗が5月の風に気持ちよさそうに水面(みなも)に揺られています。

風と言えば、今週、またもや自然の驚異を思い知らされる大変痛ましい災害が起きてしまいました。

竜巻により茨城や栃木では多くの人たちが家屋の倒壊にみまわれ、まだ幼い中学生の尊い命が奪われてしまいました。テレビに映るその映像は本当にここが日本なのかと思わせるような、まるで映画のシーンを見ているかのようでした。竜巻といえばおよそ私達の生活にはあまり馴染みのない災害の一つと言える為、災害への対応など皆無に等しく、被害に遭われた人たちの恐怖は計りしれなかった事でしょう。

先日は落雷や雹、みぞれ等、ここ数日不安定な天気が続き、これも地球温暖化が関係しているという見解らしく、まさに軋み始めた地球の悲鳴が少しずつ私達の生活に届き始めているようです。
竜が舞い上がるかのごとく荒れ狂う風の様(さま)は、まるで神が傲慢な人間社会への怒りの鉄槌を落とした、昨年の大地震でさえも目覚めることが出来ぬ私達への最後の通告の様に感じました。
しかし、運命とは時に非情で、亡くなった若き命に心からご冥福をお祈りいたします。

さて、以前この番組にもお便りを出させていただきましたが、「猫ひろしさんのオリンピック問題」が一応の決着を見せたみたいですね。

先日テレビをつければ何と「レインボータウンFM」での会見でした。

正直、私はこの国籍変更によるオリンピック出場に関しては厳しく反対の意見を持っていましたが、彼本人だけの思惑だけではない事情が見え隠れするなかで、矢面に立ちながらも懸命に走る姿を見ると、少し同情する気持ちも芽生えました。しかし、彼は会見のなかで「4年後のリオデジャネイロをカンボジア代表として狙う」と言っていました。これも賛否があるとは思いますが、私はそれならば「筋」が通っている、是非応援したいと思いました。

確かに「国籍を変える」という行為がどれほど重要な問題かということはありますが、肉体的にも能力的にも4年後と言うのは大変難しいと思われる中で、諦めるのではなく、また、すぐに「日本人」に戻ると言うのではなく、「カンボジア代表として」と言った所に健気で正直な彼の人間性を感じとても共感しました。

恐らく、毎日めまぐるしく変化する芸能界において、この話題が少しずつ小さくなってしまうとは思いますが、是非 祐介先生と同じラジオ局に出演されているのですから、末永く応援したいと思います。

そして、もし現実が厳しく彼が「日本人」として戻って来る日が来たとしても、そのときは「よく頑張ったね」と温かく言える我々「日本人」でいたいと思います。

猫さん! 今は失ったものがあっても未来はまだ失っていません!!

頑張って下さい!! ニャー!!(← 猫さん風に読んでください・笑)

2012年5月11日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

「麦の秋」。
これは5月を指す「季語」の一つで、金色に実る麦の穂があたかも秋の稲穂のように見えることから持ち入られている言葉です。

このように古くから季節の変化によって森羅万象から沢山の言葉を生みだす日本人の知恵と、何年もの時を経て受け継がれる歴史と情緒の深さにただ、感嘆するばかりです。

しかし、「陽春」から「初夏」にかけて桜も散り始め、新緑の季節へと移りゆくこの時期、多くの子供たちが希望と不安を抱え迎えた4月の新学期、新入学からの生活から、授業も始まり、友達もでき、さあ、これから楽しい学校生活が待っていようとしていた矢先、全国で痛ましい交通事故が最近後を絶ちません。

幼い学童の楽しい通学路が一変して悪夢のような惨劇へと変わり、運転手のモラルと不注意が取り返しのつかない大事故へと繋がってしまいました。中には子供たちを見守る母親も犠牲になり、そのお腹にはもうすぐ生まれようとしていた新たな命もありました。さらに事故を起こした人間が無免許で18歳であったことから、「未成年」という法の庇護の下、様々な制約が存在し、被害者御遺族の心中は察するに余りあります。

今回の事故の根本的な問題はもちろん車を運転する人間のモラル、これに尽きます。

しかし私も地元で車を運転する身ですが、時にこのような道路を通学路に使わなくてもと思う場所もいくつかあります。

「いたしかたない」と言えばそれまでなのですが、根底にはこの国の行政の在り方そのものに問題があるように思います。

それは「何を最も優先するのか」ということです。

車社会といわれる現代において、今の日本の道路状況はまさしく強者ありき、車中心の構造です。田舎に行けば行くほど細い路地では通学路でもガードレールなどなく子供たちは端へ端へと追いやられ、通学時、時間制限は設けてはいるものの、抜け道や近道と称し心無い者のルール違反は後を絶ちません。

私はテレビに映る事故の映像を見ながら、ふと、祐介先生と訪れたデンマークを思い出しました。

「ノーマライゼーション」(強者、弱者が共生する社会)の考え方。

初めてデンマークを訪れた時、あまりの静かさに驚きました。
それは町を走る車の騒音やクラクションがほとんどありません。そして歩行者、自転車専用道路がもっとも優先され、また罰則も厳しく、交差点や細い路地でさえとても安全に歩くことができます。
その象徴たるものが「雪の除雪」ではないでしょうか。日本では冬場、道路に積った雪は除雪車が通り、朝になると車が走れるようにしてくれます。しかし、その雪はほとんどが歩道に追いやられてしまい歩行者は歩くことができない場合があります。しかし、デンマークでは歩道の雪をまず除雪します。

「何を最も優先するべきか」ここに、世界最高レベルといわれる福祉国家の原点があるように感じました。
人間のモラルというのは一長一短で構成されるものではありません。
被災地を見捨て消費税と一兵卒といった政治家の献金問題ばかりを騒ぎ立て、国民生活が第一と言っておきながら公約なんて知らん顔をする輩たちが蔓延る政治家たちに、このデンマークの考え方は到底理解はできないでしょう。

今日はゴールデンウイーク中日。
多くの方が家族と共に休暇を楽しむなか、悲しみにふけるご家族の御心と亡くなった方々の安らかな眠りを心よりお祈り申し上げます。

2012年5月4日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

先週からようやく私の地元 栃木県那須塩原市も桜が満開となり、日頃見なれた街並みも淡いピンク色の花びらで一杯です。

診療室の窓からは田植えに備え農家の方々が、冬場静かに眠っていた田圃に水を張り、土を耕している様子が見られるようになり、相変わらずの長閑な田舎町の風景に心が和みます。
しかし、皆さんが口々におっしゃるのはやはり原発、放射能の影響と、今も続く風評被害への懸念です。震災から1年が経ち、今なお残る大きな傷跡を改めて感じずにはいられません。

さて先週、私の家に、ちょっとした出来事がありました。

私の家には3年ほど前から「ツバメ」が巣を作るようになりました。
毎年春になると親鳥たちが一生懸命、草や泥を集め、巣を作り、卵を産み、子育てをします。そして4~5羽の雛鳥が孵化し、巣立って行きます。ツバメは生まれた所に帰ってくると言われ、その家に幸運をもたらすとも言います。

ある年は作った巣が小さく、生命力と競争力が弱い雛は毎回親鳥が運ぶ餌を食べることができず、周りが大きく成長するにつれ、いつしか巣の端に追いやられ、最後は地面に落とされてしまいました。親鳥たちもその現状をどうすることもできず、いつになく「チー、チー」と鳴きながら、残りの雛に餌を与えています。
私は7歳と4歳になる我が子に、我が家の居候ツバメの様子から、命の尊さ、親が子を思う気持ち、そして自然の厳しさ、摂理を教えてきました。

しかし、先日早朝、7歳の息子があろうことか、庭に水を撒くホースでふざけて、ツバメの巣に水を掛け壊してしまいました。
「しまった」という顔の息子に私は有無を言わさずキツイげんこつをし、彼に話をしました。私は常に息子に「己の欲せざる所、人施すことなかれ」(自分が嫌と思う事を人にしてはいけない)と教えています。では、ツバメなら良いのか。虫一匹、草花一輪なら良いのか。人間がこの地球上で共に生き、生かされている同じ「命」に差はないこと、強いものが弱い者を助け、共生することの尊さを教えています。しかし子供は時に残酷です。自分も幼少のころ同じように父に怒られた記憶が蘇ります。
怒られて涙を流す息子に「どうして駄目なの」という疑問と答えを話す前に、「駄目なものは絶対に駄目」という人間としての絶対的ルールを体と言葉で教える必要があると思いました。
それは「人を殺して何故いけないのか」ということと同じです。
その疑問、答えの前に「絶対にダメ」というものが前提にならなければなりません。

その後、息子が巣の残骸を片付けていると2羽のツバメが大きな声で鳴きながら飛びまわっています。俯きながら学校に向かう息子の後ろ姿を見て、正直こちらも胸が痛くなりますが、「しつけ」とはこう言うことなのかと実感しながら私も親として学びました。
それ以来玄関先がとても静かになってしまい、言葉には出さずとも時折巣があった場所をじっと見つめる息子の目が何とも言えません。

「もう一度作り直してくれないか・・」
するとたった今この原稿を書いていると隣の携帯に家内からメールが入りました。
「ツバメが巣を作り始めたよ・・」
なんともう一度我が家に居候が戻ってきてくれました。
今度は家族の一員としてみんなで迎えてあげようと思います・・・

2012年4月27日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

ようやく私の地元 栃木県那須塩原市も桜が満開になりました。

しかし暖かくなってきたと思えば、ここ最近はお天気に恵まれず小雨が続く毎日です。今朝などは肌寒く、せっかく咲いた桜も、もう数日で散ってしまうかと思うと何とも儚い桜の花びらに一層の郷愁を感じます。

「3月の風と4月の雨が5月の花を咲かせる」といいますが、この雨も、恵みの雨と考えれば、自然の摂理をあるがままに受け入れ春夏秋冬を楽しむことができる「日本」という国がいかに素晴らしいか、改めて感じます。

ある日の報道で福島県の避難区域に咲く、桜並木が映し出されました。

原発の影響で立ち入ることが出来ない住民達のたっての希望で特別に許可されたそうです。
ひと影もなく閑散とした町並みに静かに咲き続ける桜の様子を見ると、いかにこの災害が大きな爪後を残したか、そして人間の罪の深さと、これから私達が何を求め、何をしなければいけないのかを深く考えさせられます。

さて、先日、お陰さまをもちまして、「2012年度 ハローアルソン・フィリピンボランティア報告会」を無事行う事が出来ました。

長野県御代田町で行われたこの発表会には地域住民の方々やこの番組のリスナーの方々まで約320名のお客様にご来場いただきました。

リスナーの方の中には何と神戸から来られた方もいらっしゃり、本当に有難く思います。
会では現地報告をはじめ、医療関係者達の報告、高校生、そして祐介先生やキョウヤさん、一穂さんたちアーティストチームによるハロアルレディオ in 御代田も行いました。
皆さの歌声と現地での様子がスライドに流されるとその臨場感と音楽が持つ素晴らしさに、来場されたお客様たちからは大きな拍手が鳴り響いていました。

今回、参加者の皆さんの発表の中にとても多く使われていた言葉は「感謝」でした。
この活動は現地フィリピンに行き、恵まれない子供たちの為に医療と物資の無償の活動をします。ボランティアを「する側」「される側」に分けるとするならば、普通は「する側」が感謝をされると思いがちです。

しかし実際は我々「する側」の方が、「ありがとう」の持つ本当の意味を学びます。
現地で私達が投げかけてもらう感謝の言葉は、日本で歯ブラシ1本、タオル1枚を私達に託して下さる皆さんの優しさのお陰です。

会長の林先生の言葉です。

「人」という字は二人の人間が互いに支えあっているように見える。しかし、今にも倒れそうな人をその下で支え続けているようにも解釈することができる。ボランティアはその人という字の下の部分、つまり支える人にならなければいけない。
人間は自分からどれだけ多くの「ありがとう」を言うことによって、いかに人の世話になり、人によって生かされているかを知ります。
そして人間は「ありがとう」という言葉をどれだけ周りの人達に言ってもらえるかによって心の豊かさを育むことになります。

報告会の翌日、1年に1度訪れる馴染みのお蕎麦はいつもながら格別の味でした。

暖かな陽気に包まれ素晴らしい感動を頂けたことをこの会を支えて下さる全ての皆さんに心から感謝をいたします。

2012年4月20日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生 一穂さん こんばんは

先週、爆弾低気圧と言われた強風が日本列島に大きな被害をもたらしたかと思えば、今週は各地で5月中旬の暖かさとなり、桜前線も北上し始め、ようやく私の地元栃木県も、ちらほらと淡い桃色の花びらが咲き始めました。

日本人にとって「桜」は特別な花といってもいいでしょう。
古くから「花は桜木 人は武士」といわれ、満開に咲き誇る様よりも、短い一生を終える花びらの散りゆく潔さに、日本人の美学を感じます。

一方、もう一つの春の花、「梅」は、その一輪、一輪の凛とした紅色の花びらもさることながら、一本、一本の枝や幹までの風情と、その匂いまでも楽しみます。

「観梅の心、観桜の目」といわれるように、梅のようにそのひとひら、ひとひらを大切にするきめ細やかな心と、物事をおおらかに観望できる目が、大切ですね。

しかし、日本人が脈々と受け継いできた、梅のような粛々とした謙虚さと、桜のような潔さはどこにいったのでしょうか。

私はあまりワイドショー的な報道には疎いのですが、お笑芸人が国籍を変えカンボジアのオリンピック選手としてマラソンに出場するという事を知りました。さらにその番組ではコメンテーターや司会者が「頑張って欲しい」というようなコメントを発していました。

祐介先生はどう思いますか。
確かにスポーツ選手の中には日本人として帰化し、代表選手になった方はいらっしゃるでしょう。しかし、その内容と今回は全く違うような気がします。

国籍とはいったい何でしょうか。
私はなんて愚かで無知で厭らしい行為なのだろうと思いました。彼は日本人という世界一自由な国の特権と、それを得るために先人達が血のにじむような努力をし、築き上げた日本人としての誇りを破棄してしまったのです。そしてカンボジアに限らず世界の国々が持つあらゆる制約をこれから受けなければなりません。彼は何の為にこのような行為をしたのでしょうか。恐らくお金のためではないでしょう。であるとすれば、名誉のためか。単にオリンピックに出たいという我欲のためか。
いずれにせよ、彼のとった行為は明らかにカンボジア人を愚弄した行為であり、「あの国の人間になれば代表になれる」という利己的で浅ましい考えではないでしょうか。その背景にどのような事情があるにせよ、このような報道に対し誰か、「それはおかしいのでは」と言う人間がいないのか。

人間は生まれ来る歴史の中で、その土地、その地域、その国の社会的恩恵の中で生きている。その人間の運命は必ずしも平等ではなく、むしろ不条理さが多い方が当たり前だと思う。だからこそ、人間には無限の可能性と現実を変化させるための力を神様は与えてくれたのだ。それこそが努力や鍛練なのである。しかし時に、努力した人間が全て報われるとは限らない。だけれども何かを成し得た人間はすべからく努力をしている。

私の好きなサッカー選手「ラモス 瑠偉」さんの言葉です。
「日の丸をつけて君が代を聞く。最高だ。こんな美しい国旗他にないよ。どんなに苦しくても膝が痛くても、日の丸をつけていると思うと頑張れる。この国に恩返しをする。家族に、仲間に、日本人に恩返しをする・・」

満開の桜の下でお酒を飲み楽しむのもいいでしょう。
しかし、その桜が綴る日本人の心の歴史を少しでも感じながら観桜してみてはどうでしょうか。

2012年4月13日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

先日、日本列島を襲った台風並みの暴風雨は、各地で多大な被害をもたらし、怪我人や死者まで出すという大惨事となりました。
私の地元でもまるで地鳴りのような強風に家の周りの木々がいつ折れてもおかしくないほどしなり、とても不安な一日でした。

テレビでは被災地で農家の方々がようやく復興に向けてやっとの思いで作ったビニールハウスが、無情にもこの強風で飛ばされてしまい、力弱く途方にくれる姿をみると、本当に心が痛くなります。
桜前線が少しずつ北上し各地のお花見の楽しげな映像と、電柱が折れ、仮設住宅の屋根が剥がれおちている映像とがあまりにも極端に映り、幾度となく被災地を襲う試練に深い同情を抱くとともに、まだまだ続く復興支援の必要性を感じずにはいられません。

その中で昨日、宮城県山元町に住む、伊藤さんという方からお手紙と御菓子を頂きました。
震災から一年がたち、当院のスタッフが協力してくれた募金を義援金としてお送りした方からのお礼のお手紙でした。
この方は私の医院のスタッフの身内の方で、津波により自宅が全壊し、現在仮設住宅での生活を余儀なくされていると聞き些少ながら皆で協力しようという事になったのです。
その手紙の内容はまさにあの日の惨劇を赤裸々に綴られ、全てを失い、ずっと住み慣れた我が家を取り壊わさなければならない悔しさ、悲しさがヒシヒシと伝わってきました。

しかし、その文中には悲しみと絶望だけではなく、全国からの沢山の支援や、現在もなお、被災地を忘れることなく手を差し伸べてくれる人達への感謝の言葉が綴られていました。その中に、こんなお言葉が書かれてありました。

「この一年、本当に沢山の方々にご支援を頂き、沢山の勇気を頂き、今日まで過ごすことができました。私達の心に寄り添い、励まして下さる事がどれほど嬉しかったことか。私は悲しい涙よりも嬉しい涙を流す回数の方が多かった。私は幸せなのかもしれません・・」
「今回の震災で私達は自分の力ではどうすることも出来ない大きなものの中で生活していたこと、またその恐ろしさ、自分一人での力では乗り越えられない現実を体験しました。それは考えもしなかった悲しい出来事でしたが、人はそんなに弱くはなく、乗り越えられる勇気を皆持っている事を知りました。そして、日本人の優しさ、心の美しさを改めて感じました。人は誰かと繋がった時、とても心が温かくなり、満たされることを知りました・・・」

私はこのお手紙を頂き、とても嬉しく思うと共に、この方がこのように感謝の言葉を語れるまでどれほど辛く悲しい日々を過ごしたかと思うと、いたたまれなさと共に、同じ日本人としてより一層本当の「絆」の為に努力をしなければならないと感じました。

自然は時に厳しく過酷です。
しかし厳しい冬から今、暖かな生命の春へと季節は移っていきます。
北上する桜の開花とともに私達一人一人の「心の暖かさ」を皆で東北の地に届けましょう・・・

2012年4月6日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

先日、私の地元で大変評判もよく私も個人的にお世話になっていた内科医の先生が亡くなられました。
突然の悲報とその死因が恐らく自殺であろうという話を聞き、55歳という若さでの早すぎる死に只、驚きと悔しさが募ります。

この医院には私達のボランティアでもお馴染みの薬剤師の白井先生が調剤薬局として一緒にお仕事をされており、私も古くから懇意にさせていただいていました。
お互い日曜日も診療していた経緯もあり、内科的見解が必要な救急患者や反対に歯科の救急治療が必要な場合など互いの医院で連携をとりあっていました。地域医療に尽力され、認知症ケアハウス、特別養護施設、人工透析施設など、地域でも中核を担う素晴らしい先生でした。しかし、周囲の反応は悲しく、憶測が憶測を呼び、今、狭い田舎町では心無い噂話でもちきりです。私自身も色々な方に「事の真相は」と聞かれることがありますが、正直、その相手の表情を見ると、故人を偲ぶ以前に、単に興味本位の心が見え隠れし、人間の心の浅ましさとなんとも言えぬ不快な気持ちに、やるせない思いでいっぱいです。

ふと世の中を見れば、人の幸せを喜ぶよりも、人の不幸が話題にのぼり、事件や事故の被害者や今回の震災の被災者の方々に対しても行き過ぎた心無い報道が多いように思えます。
人間としての尊厳や品格が薄れ、豊かさの繁栄を象徴するかのようにあらゆる場所で「情報」が溢れる社会では、一つの物事に対し深く考えその背景にある本質を慎ましく捉える事が困難なのでしょうか。
今回、先生が亡くなられ、私の友人でもある白井はとても落ち込んでいました。
そして私の医院で毎月発行している新聞に彼はコラムを書いてくれているのですが、今月号の原稿にこんな言葉を寄せてくれました。

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「当たり前の大切さ  当たり前。こんな素晴らしい事を私は忘れていました。親がいる。健康な体がある。食べる事ができ、夜になれば眠りにつきまた朝を迎える。笑って、泣いて、怒って、こんな素晴らしい「当たり前」を有り難く感じた事はありませんでした。

先日、私が大変お世話になった方が亡くなりました。今まで、色々な事を話し、笑い、時には叱ってくれた事の有難さを今になって感じています。

私は、ハロアルボランティアに参加してフィリピンの子供たちとの触れ合いの中で、「生きる事の素晴らしさ」「命の大切さ」を学んだはずでした。

しかし、それ以前の「当たり前」の尊さを自分の生活の中で感じずにいた事を深く反省しています。私は今、大切な人を無くした事で初めて「当たり前」の有り難さを知りました。大馬鹿者です。過去には二度と戻る事が出来ません。しかし、過去から学び、未来につなぐ事はできるはずです。そしてそれが恩人への心からの弔いになればと思って前にすすんでいきたいと思います・・・・」
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もうすぐ私の町にも桜が咲きます。
出会いと別れを告げる淡い桜の花びらよ。どうか先生を安らかに天国へと導いておくれ。
先生今まで本当にありがとうございました。安らかにお眠り下さい・・

2012年3月30日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

3月もこの時期を迎えると各地で卒業シーズン真っただ中となります。

私の医院にも、中学、高校を卒業し、大学、就職と新たな人生の出発を迎える若者が沢山来られます。

乳歯が生えている頃から見てきた彼等が日に日に大きくなり、少年から青年へと変化する横顔は、何とも頼もしくもあり、その反面、これから幾度となく立ちふさがる社会の壁に自らの力で向かっていかなければならない現実を思うと、心からエールを送らずにはいられません。

私は特に進学をする彼等に診療中、必ず尋ねる事があります。

それは「あなたは何をしに学校にいくのですか。」

彼等は一様に「勉強、部活」などと答えます。

勿論それは正解でしょう。学生が学業を生業とするのは当然です。

しかし、私はもう一つ学校生活で大切なものがあると言います。

それは「友」を作ること。

3年、4年の年月の中で、楽しい事だけではなく、辛いこと、苦しい事も一緒に分かち合える友。
こいつとは一生付き合っていけると思える友が一人でも作ることができれば、なんと人生にとって素晴らしい財産になることでしょう。
私には30年来ずっと付き合っている幼馴染達がいつも私を支えてくれています。
そして何より長野県の田舎町で6年間切磋琢磨し、時に喜び、時に悩み、同じ志を持ち、私をこのボランティアの道に導いてくれ、フィリピンの地で共に汗をかく仲間がいます。

全国の若人よ。
人生にとって最も価値のある存在は、お金でも地位でも名誉でも無い。互いを理解し、苦しみを分け合い喜びを分かち合う。そんな「友」が一人でも存在すればどれだけの救いになる事か。

そして若者よ。
一人でもいい。人を好きになりなさい。本気で恋をしなさい。振られても、実らなくても、誰かを好きになる。その人間の本能的な「愛」を経験しなさい。若さは時にもどかしく、言葉に出来ない感情を募らせる。しかし、それこそが「青春の証」ではないか。10代という最も多感な時期に、沢山の挫折、悩みを経験して欲しい。
そして、その経験がいつか、あなた方の人生において本当の人間の喜びや優しさ、豊かさを考える事ができる「心の土壌」となり未来に花を咲かせることができると思う。

しかし昨今の中学生の授業では、何と「ダンス・しかもヒップホップ」が必修科目になると聞きます。
まさしく愚の骨頂。今の日本の教育界の程度の低さを象徴する亡策です。
そんなものは好きな子だけがやればいいでしょう。
踊りを教えるなら教員試験にもダンスのテストがあるのですか?
何故、日本舞踊、盆踊りを採りいれないの?日本古来の伝統、風習を教育として教えることこそが真の愛国心へとつながるのではないでしょうか。

国歌も歌えず、言葉遊びと意味のわからぬ単語で踊る事に何の意味があるか私には理解できません。
こんな馬鹿な授業から、本当に子供たちが「学ぶ意味」を理解することができるのでしょうか。
誰か教えてほしいくらいです。

桜が咲くこれからの季節。胸には不安と期待を一杯に子供たちは新たな道へと進んでいきます。

勉強もいい。運動もいい。

大切なたった数年間の短い学生生活の中で、一生語り合える素晴らしい思い出を作ってほしいと思います。

しかし、私もこんな内容を書く年になったとは・・・・・

2012年3月23日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

昨年の今時期も今日のようなこんな曇り空でした。
日本中に恐怖と不安を刻みこんだあの3月11日からもうすぐ1年が経とうとしています。しかし、未だ解決の糸口さえも見ない瓦礫問題や原発終息への道筋、そして、被災地の方々の不自由な仮設住宅での生活や、大切な人達を亡くしそれでも懸命に生きる姿が報道されると、同じ日本人として本当に心が痛むと共に、同情だけではなく皆が行動に示さなければ、本当の絆、復興には程遠いと改めて感じます。多くの尊い命が犠牲になり悲しみの果てに何とか生きる希望を見出そうとする中で、実は私の周りにも運命的な変化がありました。

それは先週の日曜日、14年ぶりに実の父親に会う事が出来ました。
ある事がきっかけで話が進み、夕食を兼ねて会うことになりました。
両親が離婚をし、それ以来数回ほどしか会う機会が無く14年という年月が過ぎてしまいました。少ししわが増えてはいましたが、体型も雰囲気も全く変わっておらず、優しく厳しかった父の姿そのものでした。
個室で一人待っていると、向こうから父がやってきました。私はどんな風に挨拶を交わせば良いものか考えていましたが、父が少し緊張した面持ちで近づくと、私は無意識に足をただし正座をし、「ご無沙汰しています」と頭を下げていました。父も「今日はありがとう、元気だったか」と笑いかけました。

その後酒を酌み交わしながら、私の家族も集まり皆で食事をしながら夢のような楽しい時間を過ごしました。

以前は様々な事情があり会えなかった父が、私のボランティアの事をどこかで聞いて、「立派になった」「がんばってるな」と言ってくれ、「体は大丈夫か」「酒は飲み過ぎていないか」など心配をしてくれる姿を見て、私も胸が詰まり何故か泣けてきました。

私はフィリピンボランティアを通じ、親も兄弟もいない過酷な環境で生きる子供たちを沢山見てきました。
そして今回の震災でも震災孤児と言われる子供たちやその大切な子供を亡くした人達が沢山います。
しかし幸いにも私には目の前に会う事が出来る、話す事が出来る親がいました。
私は純粋に「ありがたい、ありがたい」と何度も心の中でつぶやきました。

あの震災から1年が経とうとしています。
未だ行方がわからず懸命に家族を探す人達がいます。
親を亡くし、子を亡くし、それでも懸命に生きる人達がいます。
私は今回14年ぶりに父に会う事が出来ました。私は本当に幸せです。
そして改めて思いました。
この幸せを素直に受け入れ、その感謝を社会に還元すべきだという事を。

フィリピンでは親も知らず一日中ゴミを拾う子供たちが沢山います。被災地ではこれからも沢山の支援が必要です。人の痛みを我が事のように思い、人の幸せを自分の幸せと感じる。そんな人生をこれからも送りたい。

そう思うと、幼いころ父の背中で「敬人、大きくなったら人の為に役立つ大人になれ」と何度となく教えられた記憶が蘇ります。

今日の夜、私の医院に父が治療にきます。
私が歯科医師になって初めての治療です。

ハロアルレディオ、今日は父と一緒に聞いていますね・・・

 2012年3月9日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

2,3日前に降った大雪と厳しい寒気は春を告げる為に必要な寒さだと、お天気コーナーのどなたかが言っていました。今日は生憎の雨ですが少しずつ春の訪れを感じられる季節となりましたね。雪がとけ、日に日に日差しが暖かくなる中で、あの大震災からもう1年が経とうとしています。

この1年を“もう”ととらえるか、“まだ”と感じるか。

未だ山積みにされている被災地の瓦礫の状況、上空から映し出される福島の惨状を見ると、私にはあまりにもお粗末な政府の対応と、瓦礫問題を一つとっても、「絆」というのは名ばかりで、なぜ全都道府県でこの問題に取り組み、受け入れを表明しないのか。
国民一人が年間排出するゴミが約400キロといわれる中、たった3キロ程度国民みんなで受け入れをすれば解決する問題なのに、なぜ自らが本当の「絆」となり被災地の為に「痛みを分け合う分母」になろうとしないのか。
政治を見ればそのほとんどが消費税と解散時期の話ばかり。少し前まで騒がれたTPPはどこに行ったのでしょうか。連日映し出されるのは足の引っ張り合い、言葉の上げ足ばかりをとる国会答弁と、恐らく誰も興味が無いであろう芸能人と占い師のくだらない家賃滞納問題ばかりです。

せめて私は今回の震災で集められた各主要な基金への募金がどのように使われて、どのような方々に支援されているのかを新聞やマスメディアは随時公表すべきだと思います。

また、原発で死と隣り合わせで戦っている現場の方々の状況をもっと真実として報道し、本当に私達が考えなければならない未来について後世に伝えるべきではないでしょうか。

しかし、私の胸にはどこか「もう、1年がたったのか・・・」と思ってしまうのです。

あのころあんなに騒がれた節電に対しても、あんなにもパニックに陥ったガソリンにも、コンビニに並ぶ懐中電灯や乾電池の十分すぎるほどの陳列された量と有り余るお弁当、スーパーにはおよそ季節の旬とは言えぬ食糧が数多く並ぶ以前と変わりのない毎日の暮らしの安堵感に、どこか安心し、被災地の痛みを思い出せない自分がいます。これを「風化」というのか・・・政治を批判しても「自分はどうなのか」と自らを問うた時に、気持ちでは分かっていても行動に示せない矛盾を感じ、「結局は私も同じなのか・・」と反省をします。もうすぐあの大災害から1年が経とうとしています。

私達がやらなければならないことは何でしょうか。
2月のハロアル・フィリピンボランティアを終え、帰国し改めてこの日本の今とこれからの未来を考えずにはいられません。

現在、私達ハローアルソンの活動はこの世界で起きている様々な問題を解決するたった一つの行動かもしれません。被災地支援で行われる数々のボランティアもそうです。全ては個人ができる行動のほんの小さな「点」でしかありません。しかし、その「点」が「線」となり、未来に続く「道」を作り続けなければこの地球はいつしか寂しく、悲しい星になってしまいます。

これからもハローアルソンはその点と点を繋ぎ合せる本当の「絆」になるべく頑張っていきたいと思います・・・

 2012年3月2日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

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  • タオル・てぬぐい(新品)
    ※サイズ不問。粗品タオルも可
  • 固形せっけん(新品)
    ※液体ソープは不可
  • 鉛筆・ノート・クレヨン・色鉛筆
    ※使いかけも可
  • 夏物衣類
    ※新品衣料、洗濯済み古着

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ボランティア活動報告(抜粋)

活動理念「四本の柱」

  • 現地での歯科医療を中心とした無償の奉仕活動
  • 歯ブラシ・タオル・固形石鹸など物資の支援活動
  • 世界の貧困問題を通じ、自らの生活を見直し「真の豊かさ」について考える
  • 次世代を担う高校生の参加により、真の国際平和と国際責献について考えてもらう

今西祐介のハロアル・レディオ

毎週金曜日21:00-22:00生放送
レインボータウンFM(79.2MHz)
http://www.792fm.com/
歯科医師でミュージシャン今西祐介がパーソナリティの歯科医療ボランティアと楽しいトーク&音楽番組

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