ハローアルソン「ハロアル」は歯ブラシ1本でできるボランティア

フィリピン医療を支える会 ハローアルソン

ブログ - 関口敬人先生からのお便りカテゴリのエントリ

祐介先生こんばんは

2,3日前に降った大雪と厳しい寒気は春を告げる為に必要な寒さだと、お天気コーナーのどなたかが言っていました。今日は生憎の雨ですが少しずつ春の訪れを感じられる季節となりましたね。雪がとけ、日に日に日差しが暖かくなる中で、あの大震災からもう1年が経とうとしています。

この1年を“もう”ととらえるか、“まだ”と感じるか。

未だ山積みにされている被災地の瓦礫の状況、上空から映し出される福島の惨状を見ると、私にはあまりにもお粗末な政府の対応と、瓦礫問題を一つとっても、「絆」というのは名ばかりで、なぜ全都道府県でこの問題に取り組み、受け入れを表明しないのか。
国民一人が年間排出するゴミが約400キロといわれる中、たった3キロ程度国民みんなで受け入れをすれば解決する問題なのに、なぜ自らが本当の「絆」となり被災地の為に「痛みを分け合う分母」になろうとしないのか。
政治を見ればそのほとんどが消費税と解散時期の話ばかり。少し前まで騒がれたTPPはどこに行ったのでしょうか。連日映し出されるのは足の引っ張り合い、言葉の上げ足ばかりをとる国会答弁と、恐らく誰も興味が無いであろう芸能人と占い師のくだらない家賃滞納問題ばかりです。

せめて私は今回の震災で集められた各主要な基金への募金がどのように使われて、どのような方々に支援されているのかを新聞やマスメディアは随時公表すべきだと思います。

また、原発で死と隣り合わせで戦っている現場の方々の状況をもっと真実として報道し、本当に私達が考えなければならない未来について後世に伝えるべきではないでしょうか。

しかし、私の胸にはどこか「もう、1年がたったのか・・・」と思ってしまうのです。

あのころあんなに騒がれた節電に対しても、あんなにもパニックに陥ったガソリンにも、コンビニに並ぶ懐中電灯や乾電池の十分すぎるほどの陳列された量と有り余るお弁当、スーパーにはおよそ季節の旬とは言えぬ食糧が数多く並ぶ以前と変わりのない毎日の暮らしの安堵感に、どこか安心し、被災地の痛みを思い出せない自分がいます。これを「風化」というのか・・・政治を批判しても「自分はどうなのか」と自らを問うた時に、気持ちでは分かっていても行動に示せない矛盾を感じ、「結局は私も同じなのか・・」と反省をします。もうすぐあの大災害から1年が経とうとしています。

私達がやらなければならないことは何でしょうか。
2月のハロアル・フィリピンボランティアを終え、帰国し改めてこの日本の今とこれからの未来を考えずにはいられません。

現在、私達ハローアルソンの活動はこの世界で起きている様々な問題を解決するたった一つの行動かもしれません。被災地支援で行われる数々のボランティアもそうです。全ては個人ができる行動のほんの小さな「点」でしかありません。しかし、その「点」が「線」となり、未来に続く「道」を作り続けなければこの地球はいつしか寂しく、悲しい星になってしまいます。

これからもハローアルソンはその点と点を繋ぎ合せる本当の「絆」になるべく頑張っていきたいと思います・・・

 2012年3月2日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生・一穂さん こんばんは

先週はスタジオにお邪魔をさせていただき有難うございました。

2月8日~11日までの4日間のハロアル・フィリピン医療ボランティアから帰国し、時が経つのはやく2週間がたちました。

おそらくこれくらいの時期になると現地に参加をされた皆さんも少しずつ平穏な日々の時間を取り戻し、あのフィリピンで過ごした4日間の非日常的な時間と、毎日の「当たり前の日常」とのギャップも徐々に緩和されている頃だと思います。

それを私は一種の「物質的豊かさの慣れ」ではと考えています。

食べる物も着る物もないスラムの地を見たとき、その日の夕食、コップ一杯の水さえ、有難く思えました。
しかし、時間が過ぎ、いつもの恵まれた生活の中において、心の中では分かっているものの、常にあの時の意識で感じられるかと言えば、私自身も疑問です。

私は毎年現地で皆さんに「ボランティアは即効性はあるが持続性が難しい」とお話します。

その場では強烈に感じるものも、いざ日々の生活の中に投影すると、継続し、やり続ける事の難しさのほうが感じる時があります。でも、それでいいと思います。
だからこそ、楽しく、無理がなく、多くの仲間とともにその継続を維持できるようなボランティアの存在もまた、この会の目指す目標の一つです。反対に継続がたとえ難しかったとしても、いつか、何年後かに、この活動に参加をしていただいた方が、あの時の経験がきっかけとなり様々な場面でご活躍されれば、これも素晴らしいことだと思います。

私も、日本に帰ってから活動報告書や各方面への礼状などを作成するにあたり、今年の活動のあらゆる場面が走馬灯のように一つ、一つ、思いだされます。

しかし、あの貧しい、劣悪な環境で生きる子供たちがスラムの中を駆け回り、貧しさのなかでもスラムの住人同士が食糧を分け合い、時にはお金も貸し合い支え合う姿をみて、どうしても心に引っかかるものがあります。

それは最近、あまりにも連日報道される日本での「孤独死」の問題です。
何故このような痛ましく、切ない事件が多発するのでしょうか。

報道を見れば、確かに様々な理由やケースがあります。
行政の問題や地域社会の問題、その答えがここですぐに出るような簡単な問題ではない事は分かります。
しかし、白骨化するまで放置されその死因が餓死という、あまりに希薄な人間社会のもたらした結果だと思います。ものが溢れ、全てに満たされ生活をし、何不自由なく暮らせる私達。間違った個人主義の横行により、人と人との交わりを極力避け、隣に住む住人すら分からないのに、その反面、うわべだけの言葉、風潮に「つぶやき」などという言葉を用い、自分の気に入るものたちだけの画面上の友人関係に偽りの「繋がり」を求めあう現代。

今、この日本に何が起きているのでしょうか。

このような事件は決してフィリピンのスラムでは起きることはありません。
母親が死に、4歳の知的障害の子供は餓死によりその隣で横たわって死んでしまったそうです。どんな思いでその子は亡くなった母親を見つめ、その尊い命の終わりを迎えたのでしょうか。

私達が本当に心で繋がる事が出来る社会を皆が目指さなければいけませんね。

4歳は私の娘と同じ年です。どうか安らかに眠って下さい。
そして天国でお母さんとお腹いっぱいご飯を食べて下さいね・・・

 

2012年2月24日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

 

祐介先生こんばんは

今週、日本列島を襲った今期最強と言われた寒気は死者56人も出すほどの大きな被害をもたらしました。
特に日本海側、青森、秋田、そして被災地を襲った大雪は、各地で観測史上最も多い豪雪となり、被害に遭われた方々に心からお悔やみ申し上げます。

しかし、私の地元栃木県那須塩原市は「日本列島を襲う」と言われても、毎日―5,6℃.にはなるものの、山間部を除き街中ではほとんど雪が降りませんでした。テレビに映る各地の様子とのギャップに少々戸惑いながら、自分の幼少期にはもっとこの町も雪が降ったものだと思いだしていました。

さて、祐介先生。いよいよ、いよいよ、来週出発ですね。

「2012年 ハローアルソン・フィリピン医療ボランティア」が2月8日から11日の4日間、フィリピン マニラ市近郊スラムを中心に、総勢74名の参加者とともに行われます。

1日たった100円で生活をするスラムの子供たち。学校にも行けず今日食べる事もままならず、一日中ゴミを拾い集めわずかに手にしたお金で今日を食いつなぎ、明日への光も見えないまま生きることだけに精一杯な子供たち。
たった飛行機で4時間。
同じ星に住み、同じ人間として生まれ、同じ様に幸せになる権利があるはずなのに、私達「人間」という罪深い生き物が作り上げた歴史と社会は、生まれながらにして「不平等」という「不条理」を生み出してしまいました。
今、この地球上には70億人を超える人間が生活をしています。
その中で私たち日本人のように何不自由なく生活ができる人間はわずか10%しか過ぎません。食べる事も、水を飲むことさえもできず、爆弾の音に怯え、幼いころから銃を持ち、たった一粒の薬で助かる病に倒れその尊い命を失う子供たちが沢山います。

私は運命的にフィリピンという国の子供たちと触れ合うことができ、この現状を知り、少しでも多くの子供たちの光になれればと思っています。しかし、その全てを救うことなど到底できません。私の両腕はたった二人の子供たちの手を握ることしかできません。

今この放送を聞いて下さっている皆さん。
どうかその手をほんの少しのばしていただけませんか。
皆さんの手がまた一人、また一人と繋ぎ合せる事ができればいつしか世界中が一つになる事もできるはずです。昨年の大震災により多くの命が失われ、その尊い犠牲から私たちは「絆」という人間の心と心の繋がりの大切さを学びました。

私達の活動は貧困という全人類が共通しなければならない問題から、その心を学びます。

昨年の帰国からあっという間の1年間でした。
この1年多くの方に支えられ、沢山の物資、募金のご協力を頂きました。
本当にありがとうございます。
皆さんの優しさ、温かな思いは、決して裏切ることなく精神誠意、彼達に伝えてきます。

今ごろ私たちを待ってくれているスラムの子供たちは、現地のボランティアスタッフから、治療を受ける為のチケットを手にしていることだと思います。そのチケットは一生に一回受けることのできる最初で最後の医療チケットです。
この現実の重みと責任を胸に今年も出発します。

では皆さん帰国後の活動報告を楽しみにして下さいね。

2012年2月3日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

 

祐介先生こんばんは

今週は日本海側を中心に大雪となりこの冬一番の大寒波が訪れました。

東京でも積雪により車の事故や転倒による怪我が連日報道されていました。
これは地域がら致し方ないことですが、氷の上をハイヒールで歩く女性や、凍った路面を自転車で進む都会の方々の姿は、いかにこのような環境に慣れていないのかが良く分かります。「都心では0℃.を記録しました。」とニュースでアナウンサーが話すとき、私の地元栃木県那須塩原市では子供たちが -6℃.の中、学校に向かっていきました。この番組でもお馴染みの長野県 林先生の所ではもっと寒いのでしょうね。
しかし、歩道橋などで転びそうな人達を映す映像は、言いかえれば「転ぶところを待っているようにも捉えられ、あまり趣味のいい話ではありませんね。

ともかく、何日も雨が降らず記録的な乾燥日が続くと思えば、大寒波により大雪となる。
この事がやはり地球環境の破壊からもたらされているのでは、と感じる方は私だけではないと思いますが。どうでしょう。

さて、2012年 ハローアルソン・フィリピン医療ボランティア 現地出発までいよいよ2週間をきりました。

今年は総勢 74名が参加をしてくれます。

今、日本では昨年の東日本大震災により復興に向けて日本国民全員の「支え」「絆」が必要になっています。
しかしその中で世界に目を向け、フィリピンの子供たちに救いの手を差し伸べてくださる74名の皆さん。そしてそれを支えて下さるリスナーの皆さんをはじめ多くの方々に心から感謝申し上げます。

最近では特に出発前ともあって沢山の人達に「頑張って」「気をつけて」とお声をかけていただきます。また、募金や物資などの支援をいただき、その度に私達は「ありがとうございます」と感謝をします。

私達、特に医療という世界は特殊です。

「患者さん」一般的に言えばお金を支払ってくれるお客さんに対し「お大事に」とは言っても「ありがとうございます」とは言いません。

しかも、患者さんご自身から逆に「ありがとうございます」と感謝をされる職業でもあります。

「ありがとう」という感謝の言葉はそれだけでも人の心を和ませ、幸せな気持ちにさせます。
私は人間が成長し豊かな心を育むためにはこの「ありがとう」という感謝の心をどれだけ持つ事が出来たかによって左右すると思います。
しかも、ありきたりなお店の決まりごとのような「ありがとうございました」ではなく、心からの「ありがとう」が人の徳を積ませるのではないでしょうか。

私の医院の85歳になるおばあちゃんが以前こうおっしゃっていました。
「私は戦後とっても貧しかったけれど、皆に良くしてもらい生きてこられた。それ以来私は必ずお礼を言うとき、(ありがとう)(ありがとう)を2回言う事にしています。」と。

ボランティアを通じ、私は沢山の「ありがとう」を思い、発することができます。

そしていつしかフィリピンの子供たちのためと始めた活動が、自分自身の心の豊かさにも繋がり始めました。

「感謝」という気持ちはどんな時もその対象となる「相手」がいなければ成り立ちません。
これは人間は決して一人では生きてはいけないという証しでもあります。

今年も出発まで後わずか。体調を整え頑張りましょうね。

 

2012年1月27日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

 

祐介先生こんばんは

今朝の新聞にこんな記事が出ていました。

「弁当持参 揺れる給食」

これは東京都のある地区で小学校、中学校の給食が福島原発の放射能の影響を保護者が懸念して、給食を拒否し弁当を持参する訴えをしているそうです。
また、保護者の中にはその分の給食費用を支払わないと話す方もいるようです。

この意見に対し、私は全てを否定、反対するわけではありません。
子を持つ親の気持ちであれば当然かもしれません。

しかし、私個人の意見は全く違います。
今回、日本中を悲しみと恐怖に包んだ東日本大震災は大勢の尊い命と未だ続く原発という爪痕を残しました。
そして復興という長い年月を共に歩むため、昨年は「絆」という言葉が多く聞こえるようになりました。

「絆」・・この言葉の本当の意味はなんでしょうか。

原発から200キロ、300キロと離れている都会の人間が、産地も放射能レベルも安全な食品からなる食べ物にも関わらず、給食費を支払わず、我が子だけの安全を考え、その結果自治体行政の圧迫につながることさえも理解せず、給食という食を通じ食べ物の有難さ、栄養バランスの大切さを学ぶ教育の一環を拒否することが「絆」でしょうか。

水が危ないと騒げば我先にスーパーに並び、食糧不足といえばコンビニの棚がなくなるくらい買占め、石油がないと言えば、今後最も必要とされる東北の事など露知らず何時間でも並ぶ。
そして休みの日にはこぞって「被災地でお金を使おう」とバスツアーまでくみ東北に出かける。
東北の薪は危ないと言い被災者の祈りがこもったごまきも拒否し、震災後あれほど名乗り出た瓦礫の受け入れも、嘘のような手のひら返しで今ではわずか数件の自治体しかいません。

今、私の地元那須塩原市は市長が急病で亡くなられ、急遽市長選が今週の日曜日に行われます。
2、3名の候補者がいますがどれをとって見ても、抽象的なありきたりのマニフェストです。
そして誰一人瓦礫受け入れを表明しません。
街の下水道整備より、街の道路拡張よりやらなければいけない事があるだろう。
せめて、福島と隣県である栃木県が一早く瓦礫の受け入れを表明するべきだ。
そして政府は1キロでも2キロ分でもいい、鉄製でもアルミ製でも決して放射能が漏れる事のないケースを作り、その中に粉砕した瓦礫を入れ、全国民の一家庭、一つ置いてもらい、未来永続に日本中でこの悲しみ、そして日本人の強い心を語り継ぐためにもその上に大きく「絆」と書き、国民全員で支え合おうと提言すべきだ。

それが本当の「絆」ではないだろうか。その覚悟なくして何が「絆」だ。

もう、自分のことだけでは駄目なんだよ。
もう、自分の子供だけの幸せを考えては駄目なんだよ。

我が子を心配する気持ちは分かる。
しかし、今こそその我が子に、親が、大人が、この国が本当の人間の在り方、本当の人間の豊かさを語らなければ、津波にのまれ、瓦礫に押しつぶされなくなっていった数万の尊い命に申し訳がないであろう。

我が子に作るお弁当。
その野菜、その米、その電気。

是非もう一度、「絆」の本当の意味を考えてもらいたい。

 

2012年1月20日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人



 

 

祐介先生こんばんは

年々地球の温暖化の影響なのか、私の地元 栃木県那須塩原では毎年降る雪の量が格段に減少しています。

昔はこの時期になると子供たちは学校に行くのが困難なほど雪が積もり、体育の時間などはかまくら作りをおこなうほどでした。
しかし、今年も未だ町中が積もる程の雪に見舞われることはありませんでしたが、ようやく今朝方からしんしんと雪が降り始め、あたり一面を真っ白な銀世界へと変えていきました。

現在、地球が消費できるCO2はすでにその許容範囲の2倍を超えているとも言われ、もう一刻の猶予もない状況になっています。

窓に映る雪景色を見ながら、言葉を発せずとも静かに降る雪の音を聞くと、あたかも自然が鳴らす未来への警笛のように聞こえるのは私だけでしょうか。

また、この雪山の向こう側により厳しい寒さの中生活をされている被災地を思えば、せめて診療室の温度を1度下げ、少しでも自分達ができる環境への配慮、この星への労りを示さなければならないと感じました。

さて、今年も2月8日からのハローアルソン・フィリピンボランティアまで3週間を切りました。
私達事務局も最終準備に取り掛かり、参加者の皆さん、そしてご協力して下さった皆さんの思いをしっかりと届ける為に全力で頑張りたいと思います。

このハローアルソンは祐介先生が10年前、初めてフィリピンボランティアに参加をし、一番初めに出会った患者「アルソン君」当時10歳との出会いから始まりました。

貧困のため歯ブラシ1本さえ買う事が出来ず、スラムの子供たちは幼くして次々と大切な歯を失っていきます。

治療に通えるはずもなく、痛みが出ればこめかみをさすりただ神様に祈るだけ。
学校にも行けず、一日中お金に換金できるゴミを拾い集め、それで得られる収入は日本円にしてわずか100円程度。
それでも家族、兄弟を大切にし、生きることに一生懸命な彼達のその澄んだ瞳に、私達は貧困問題を通じて様々な事を学びます。

ある6歳の男の子が私たちの前に現れました。
先程奥歯を抜き、また歯を抜くブースに並んでいるのです。

「先生、この歯も抜いて欲しい。」

私は言います。「どうしてこの歯を抜きたいの?虫歯じゃないよ。」

男の子が言います。「だって、歯を抜いたらお薬がもらえるのでしょ。家にお母さんが寝ている。病気で薬がないから僕の歯を全部抜いてお母さんに薬をあげたい・・」

わずか6歳の男の子が何の心のためらいもなく、目を輝かせながら私に懇願するのです。

私達が訪れるスラムの子供たちは5歳ごろからゴミ山に入り、一日中下を向きながらゴミを拾って家族の生計を支えています。

マニラの繁華街では一晩中街角に立ち、物乞いをし、泥だらけ垢まみれの子供たちが沢山います。

地球上で生じる全ての問題。
環境、戦争、エネルギー、貧困・・・その全ての原因は私達人間です。
であれば決して解決の出来ない問題はありません。

私達が寄り添い、正直に、優しい心さえ持つことができればもう二度とアルソン君のような子供たちが現れる事はないと信じています。

祐介先生、そんな日が来る時まで共に頑張りましょうね。

 

2012年1月20日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

 

 

祐介先生こんばんは

今朝は関東ではこの冬一番の寒さのようで、私もあまりの寒さに早々に目がさめました。

窓の外を見ると、ようやく東の空が紫色に変わり、西の空では少し欠け始めたお月さまが一日の仕事を終え朝靄の中に消えていくのが見えます。

「早起きは3文の得」と言いますが、太陽と月が同時に見える早朝の幻想的なコントラストを眺めていると、隣で寝むたい目をこすりながら一緒に新聞を取りに歩く息子がその月を見て、「まだ夜だよ。寝させてよ」とつぶやいていました。

肌を刺すような冬の風を感じながら、この北風の向こうにあの日から10か月も経とうとしながら未だ過酷な生活を強いられている被災地を思うと本当に胸が痛みます。

政治では消費税増税の話題が連日報道され、少し前まではTPPに沸き上がり、事業仕分けなどはもう既に過去の出来事のように思えます。震災から10か月という月日が経ち、復興の目途すら立てられず、国内にも国外にも日本の未来の在り方を示せぬ政治に不安と憤りを感じずにはいられません。

さて、私の地元栃木県の地方紙「下野新聞」にこの「ハローアルソン フィリピンボランティア」の記事が掲載されたことは先週お話ししました。その後、一週間がたちましたが、連日栃木県中の各地から物資が送られてきます。本当に有難いことです。

新聞を読み共感して下さる方。
お正月実家に帰省し、ふと見た記事に共鳴し募金を送って下さる方。
中にはこのようなお手紙を書いて下さる方もいました。

「何か世のため、人のためになることをしたいと考えておりますが、私は89歳の老婆。足が不自由なので活動もできません。せめて貧者の一燈ですがお役に立てて下さいませ。」
と、物資の他に2千円を同封して下さいました。

その他にも皆さんの心温まるお手紙には「ご苦労様です」「お体を大切に」と私達を労う励ましの言葉が沢山書かれていました。連日届く段ボールを開けるたびに多くの物資とその優しさに触れていると、ボランティアの持つ力、尊さが本当に心に沁みます。およそ日常の生活では考える事のない異国の子供たちに対し多くの方がたった一枚の記事をきっかけに心を寄せて下さいました。そして私にその心を託し、人間の持つ無限の優しさを感じ、学ばせてくれたのです。

この素晴らしい出会いは勿論、記事にして下さった記者の方々のお力かも知れません。
しかし、この出会いを「運命」と呼ぶのならば、まさに私達の出会いの「命」を「運んで」くれたのは紛れもなく、今日食べる事も、明日生きる事にも困窮するフィリピンの恵まれない子供たちです。

復興も貧困問題もボランティアをする特別な理由などありません。そこには同じ地域、同じ国、同じ地球に住む、同じ人間としての責任です。目の前に苦しんでいる人がいる。その時人間としてどう行動するか。それが今問われています。

今年の活動まで残りわずか。私は今回もリスナーの皆さんをはじめ、沢山の人達に勇気をもらいました。今日できる事を明日に延ばさずがんばりましょうね。

2012年1月13日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

 

祐介先生こんばんは

祐介先生、リスナーの皆さん「新年明けましておめでとうございます。」

今年もハロアルボランティアをよろしくお願いします。

いよいよ2012年がスタートしましたね。
と、言っても既に6日も経ってしまい、いつまでもおめでた気分ではいけませんね。

昨年は皆さんもご存じの通り、3.11の大震災が全てでした。
かつて人類が経験したこともないような天災により大勢の尊い命が犠牲になり、そして、その中で芽生えた様々な思いは、いつしか「絆」という言葉となって全国を駆けめぐりました。

今年はその「絆」の意味、私達日本人の人間としての真価が問われる年でもあります。月日の経つのは早く、あの悪夢の様な地鳴りが昨日のように思い出させます。

私の地元栃木県那須塩原市でも未だ瓦の修復作業が出来ぬ家屋もあり、原発から100キロ地点に位置する那須では風評被害により多くの店が営業を断念しました。
しかし、悲しみ苦しみはいつか必ず晴れます。
どんなときでも前向きに明るく元気に生きましょう。
今登る階段はいつか訪れる光への道標、一歩一歩前へ前へ頑張っていきましょう。

こちらハローアルソンフィリピンボランティアもいよいよ出発まで一ヶ月となりました。
一年間温め、準備してきた熱い思いを全て出し切るためにも、残された時間をどのように費やすかにかかって来ると思います。

1月4日の地元紙「下野(しもつけ)新聞」の地方欄に大きくこの活動が取り上げていただきました。その当日から栃木県中より連絡を頂き次々と物資が届くようになりました。病院の電話も鳴りっぱなしで、「どのような物を送ればいいですか」「こんな物でも良いですか」など、多くの方が関心を持ってくださりました。本当に心から嬉しく思います。
新年が始まりいきなりこのような嬉しい出会いを頂き、今年もより一層気合い充分!頑張って行こうと思います。

さて、今年も例年通り私の医院の一年の心構えとなる書き初めをしました。

「吾(われ)日に三たび吾が身を省(かえり)みる。人の為に謀(はか)りて忠ならざるか、朋友(とも)と交わりて信ならざるか、習わざるを伝うるか。」
要約すると、私は一日に三度、自分の行いを反省する。他人のために真心をこめて考えてあげられたか?友人と誠実に交際出来ただろうか?よく知りもしない事を他人に教えてはいないか?

今年は開業し10年という節目の年になります。
皆さんのおかげで毎日楽しく診療し、多くの方に支えられボランティアも頑張ることが出来ます。そんな時だからこそ、足下を見て、初心を忘れず、自分の行い、言動を常に戒め、謙虚に頑張ろうと思います。そして、人間として同じ日本人として、一日も早い復興に向けて色々な形で協力していきたいと思います。

今年一年よろしくお願いします!

2012年1月6日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

今年も残すところ残りわずか。
今年のハロアルレディオもあと2回となりましたね。

年の瀬も迫り、あわただしい師走のこの時期。
私の診療室からは後ろにそびえ立つ雄大な那須連山を見る事ができます。その山頂もすっかり雪化粧し、刺すような冷たい空気が一層寒さを感じさせます。人間社会の喧噪を他所に、自然はいつも粛々とその役目をはたしながら静かに時を刻みます。
残り少ない暦をめくっていけば自然と自らの一年を振り返り、ただ反省することの多さに驚くばかりです。しかし、それでも健康で毎日を過ごせる今に、心から感謝をし、未だこの寒空の中過酷な生活を強いられている被災地を思えば、宮沢賢治の「この世の中に不幸があるかがり、我の幸無し」という言葉どおり、どんなに自分が恵まれていても、どんなに幸せと感じていても、この世に不幸がある限り、いつも心に留め、隣人をいたわる優しさを持っていたいと願います。

さて、最近私の医院では普段以上にハローアルソン・フィリピンボランティアの為に沢山の物資が毎日届くようになりました。

これも年末の大掃除や子供たちの学期末も重なり、石鹸やタオル、鉛筆やノートを頂けるようになりました。私が「ありがとうございます」というと「大した物じゃなくて」とか「少なくてすみません」とか皆さん謙遜して下さいます。
1本の歯ブラシ、1個の石鹸がどれほど高価で大切に使うか。
私はフィリピンと日本のあまりにも違う環境に、皆さんの優しさを心から感謝するとともに有り余る社会に生きる私達の生活を客観的に見て、少し不安になります。このハローアルソンは支援というボランティアを通じ、私達自身を見つめるきっかけを学ぶ活動でもあります。

今巷ではもうすぐクリスマスですね。

世界中の子供たちがこの日を楽しみにしています。
私達が訪れているスラムの子供たちも例外ではありません。特にキリスト教が主となるフィリピンでは、日本とは違い厳かにかつ、盛大に家族、友人たちと祝うはずです。

しかし、いくら良い子にしていても今日食べることにも困窮し、生きていくことに精一杯な彼達には、日本の子供たちのように楽しいおもちゃのプレゼントなどありません。

一日中ゴミを拾い、赤や青に彩る鮮やかなイルミネーションの街を徘徊しながら生きていく子供たちは、ガラス越しに楽しそうに家族と食事をする風景をただじっと見つめるだけです。

聖なる夜。
命の尊さを説いたイエス・キリストは今のこの地球(ほし)の現状を見て何を思うでしょうか。貧困、戦争、差別、・・・少しずつきしみ始めた人間社会の崩壊を止めるのは決して祈りだけでは解決をすることはできません。私達一人一人の「心」が唯一の救いになります。それをイエスは「愛」と呼びました。

家族、友人、恋人と過ごす夜、世界にはその「愛」を求め必死に生きる子供たちがいることを私達は忘れてはいけませんね。そして少しでもいい、自分ができるささやかな「愛」を分け合える社会を築きましょう。

2011年12月23日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

祐介先生こんばんは

朝日が昇るのも日に日に遅くなり、今日は一段と寒さが厳しく感じますね。

早朝、少しずつ紫色の光が東の空を照らしはじめると、私の庭には数羽のキジたちが毎朝やってきます。雄鳥の求愛の鳴き声が静寂の空に鳴り響く様は、何とも言えぬ情緒があっていいものです。庭の木々の葉もすっかり落ちました。春には芽が息き、夏には青々と生い茂り、秋には真っ赤に身を焦がした山々も、一年という生命の輪廻が今終わりを告げようとしています。

先日、今年の世相を表す漢字が報道され、やはり「絆」が一位に選ばれました。

3月の震災は戦後奇跡的に復興を遂げた我が国の証しでもある発展を一瞬にして破壊しました。
人々は恐怖と不安の中、我先にと食糧、ガソリンに群がり、日頃おおよそ必要としない程の買いだめが横行し、被害の及ばない都心部にまで一時は品切れ状態が続く程でした。安全と言われていても、被災地に水がないと言われていても、我が子のミルクの為に大量の水を買占め、何かの為に、何かの為にと、コンビニの食料はあっという間に売り切れました。
あの停電の夜、私の家には友人たちが集まり、暖炉で暖をとりながら、ろうそくの炎の下、他愛もない話で不安を紛らわし、それでも命がある喜び、生きていられる喜びを分かち合いました。

この大震災は私達人間が持つ心の正と負の二面性をあらわにしました。
誰しもが持つ自己の部分と、自らの命を犠牲にしてでも誰かの為に尽くす「公」の部分。

津波がくる寸前まで避難を呼びかけ犠牲になった方。
身を呈して水門を閉めに残った消防隊員。
一人でも多くの住民を救う為に殉職した警察官。
放射能との恐怖に晒されながらもこの国の未来の為に今もなお作業をする人達。

その被災地に今週末、女子の実業団駅伝が宮城県で開催されます。
宮城県知事は「松島からスタートして、仙台までの区間、皆さんのお陰で東北がどれだけ復興したか日本中の方々に見ていただきたい」と言いました。
また、ある選手は「走る事が出来ることへ感謝をこめて頑張りたい」と言います。

「絆」の語源は動物などを繋ぎとめる縄より、人と人を繋ぐ言葉として使われます。

まさしく、駅伝の一本のタスキに繋ぐ、心の絆を是非選手の皆さんに頑張って欲しいと思います。

さて、もう一つの「絆」ハロアル・フィリピンボランティアも出発まで残りわずかとなりました。
劣悪な環境で今日食べる事も出来ない子供たちが、私達の到着と、皆さんの優しさを待っています。復興支援もこのフィリピンの子供たちの支援も、ボランティアという優しさの絆で結ばれています。

まだまだ、歯ブラシやタオル、固形石鹸などの物資を募集しております。
リスナーの皆さん、年の瀬に一つ、皆さんのほんの少しの優しさを分けていただけたら幸いです。

2011年12月16日 ハローアルソン!ハロアル・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人

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新着ニュース&リリース

ボランティア活動報告(抜粋)

活動理念「四本の柱」

  • 現地での歯科医療を中心とした無償の奉仕活動
  • 歯ブラシ・タオル・固形石鹸など物資の支援活動
  • 世界の貧困問題を通じ、自らの生活を見直し「真の豊かさ」について考える
  • 次世代を担う高校生の参加により、真の国際平和と国際責献について考えてもらう

今西祐介のハロアル・レディオ

毎週金曜日21:00-22:00生放送
レインボータウンFM(79.2MHz)
http://www.792fm.com/
歯科医師でミュージシャン今西祐介がパーソナリティの歯科医療ボランティアと楽しいトーク&音楽番組

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